第四話 「苦悩と邂逅」



 Norwich――ノウィッチ。


 首都ロンディウムから、距離的にはさほど離れていないものの、街道の整備が十分とは言いがたい為、人々の往来はそう多くない。
 その影響からか、昔は農業と少しばかりの牧畜で生計を立てていた地域だったのだが、数年前の新領主イザベラの就任によって、その形を大きく変えることとなった。

 イザベラはノウィッチの地理、特に海路に目を付け、諸外国との交易をメインとした重商主義政策を発表。領主自ら、今まで農民としての生き方しか知らなかった領民の商人への教育、港の整備、国内外への通商の手はず等に奔走し、川の水運を利用して国内の物資を買い付け、東部の港から国外へ輸出、という通商路を作り上げ、その結果、数年でノウィッチは大交易都市へと変貌を遂げた。

 このように稀代の発展を遂げたノウィッチだが、そこには同時に問題点も生まれた。
 新しく開かれた航路だけに、海賊や山賊、もしくは海賊に偽装した他国の私涼船に対する防備が、全くと言っていい程無かったのである。
 通常は商会が私兵を持っていたり、護衛の傭兵を雇ったりするものだが、航路開拓に多大な先行投資をしたばかりのノウィッチに、兵を雇う金は無かった。

 そこでイザベラが出した方法が『海賊を雇う』である。
 付近に出没する海賊に話をつけ、他国籍船への略奪を公的に認め、また交易で得られた利益の数割を報酬として支払う代わりに、航路の商船を護衛する事を約束させたのである。
 海賊からしてみれば大っぴらな略奪の可能と定期的な報酬、商船からしてみれば安全かつ儲けの大きい商売。双方の思惑は合致し、ノウィッチの交易は順調に発展していった。

 だが。

 先日女王が出した勅令は、このやり方を真っ向から否定した。
 自国の利益になっていようがいまいが、ロゼリアからすれば賊はどこまでいっても賊であり、あくまで駆逐すべき対象でしかない。それに多国籍船への略奪を認める、というイザベラの政策は、ともすれば自国を戦争にまで巻き込む種火となり得るものであり、女王という立場からは絶対に容認することができないのだ。
 海の復讐者作戦の第一目標としてノウィッチが選ばれたのも、賊と密接な関係を持つ場所を最初に叩く事で他の賊への警告と見せしめとし、さらにイザベラへのけん制にするというロゼリアなりの思惑があっての事なのかもしれない。


「その作戦が失敗した今、そんな事はどうでも良いんだがな」
 と、相も変わらずぶすっとした顔のセシリア。
「どうでも良く、は無いと思うがね」
 と、言葉とは裏腹に飄々とした表情のトリストラム。
 パーシファルはまたか、といった表情で、何も言わず馬を進めている。

「あたし達がわざわざ出向いている理由だって、結局はその作戦の尻拭いみたいなもんじゃないか。大元の目論見が外れてる以上、過去のことなんて気にしてもどうしようもないだろ」
「そう簡単に切り捨ててはいかんよ。知って損になる情報など無いのだからね」
 言い返す言葉が無いのか、ふん、とばかりにそっぽを向くセシリアに、男二人はやれやれ、と顔を見合わせて苦笑する。

 首都ロンディウムから出立して4日、パーシファル達はノウィッチまであと1日ほどの地点まで来ていた。
 ローザの話も考慮して夜の警戒は通常よりも厳戒に行ってきたのだが、この4日間の間敵らしき者は一切現れることがなかった。
 もっとも、出陣したその瞬間まで第二陣の出陣は公表されていなかったので、敵が何も反応出来ないのも当然と言えば当然なのだが……

 しかし、話に聞く限りでは底の読めない相手であるから、念には念を入れて夜襲や強襲に対して備えておく必要があるだろう、と考えていたパーシファルらはいつもより更に警戒を厳にしていたのだが、その目論見は大きく外れ、完全に肩透かしを食らうことになった。
 とは言え、今夜はノウィッチと目と鼻の先の場所に陣を張るのである。いくら今まで襲撃を受けなかったとは言え――いや、むしろ襲撃を受けるとすれば今夜が一番危ない。
 その事を言われずとも理解しているのか、部下の騎士たちは心なしか緊張した空気を発しており、セシリアもそれが伝染ったのか、朝からやけにカリカリしている。


(セシリアも昔から変わりませんね)
 険しい表情で前を見つめるセシリアを見ながら心の中で嘆息したパーシファルは、自分が今、冷静であることを再確認した。
 熱くなることも、動揺することも無く、ただひたすら周囲の状況に気を配る。その泰然自若とした風体のパーシファルを見てか、旗下の第4騎士団の面々は比較的落ち着いているように見える。
(将が動揺すれば兵も動揺し、本来の力を発揮出来なくなりますからね)
 将たるもの、何時如何なる時でも冷静であるべし、とはパーシファルの信条である。
 もっとも、勢いに任せて突撃する方が有効な時もある。将と兵が(良くも悪くも)一丸となっているセシリアの第5騎士団は、そういう意味では良いのかもしれない。
 ただ、戦場には必ず冷静な者が1人は居なくてはならぬ――故にパーシファルは、自分だけは常に冷静であれと、自身に言い続けているのである。


 並んで進むパーシファルとセシリアから一歩下がった位置を進むトリストラムは、表情こそ普段どおり柔和であるものの、内心では苦々しさを隠し切れないでいた。
(やれやれ、二人とも若いことだ……)
 兵に影響されているセシリアも、常に冷静であろうとしているパーシファルも、一軍を率いる者としては未熟者と言わざるを得ない。

 人が最も最も効率良く、また効果的に実力が発揮できるのは『自然体』の時である。
 自分たちが当たろうとしている敵がいくら未知数であろうとも、平常心が保てないようではまだまだ一流の将とは言い難い。
 常に何かを考える事は非常に重要だが、考える事を自分に命じてしまうと、どうしても視野を広く持つ事が出来なくなってしまう。パーシファルにしても、冷静であれと自分に言い聞かせている時点で、すでに冷静でないと言えてしまうのだ。

 パーシファルもセシリアもまだ若く、またここ数年は大きな戦など無かったから、未だに彼らは大きな敗北というものを経験したことが無い。トリストラムのように過去多くの場数を踏んでいる者は、戦いの中で段々と自然体の重要さに気付いてゆくものなのだが、まだ自身のやり方で何とかなってしまっている今は、彼らにとって最も危険な時期と言える。
 しかしここでトリストラムが訓告を与える訳にはいかない。いくら「平常心たれ」と言ったところで、それを言葉として意識してしまった以上、平常心でいられる訳が無いのだ。
 今回の敵はあまりに未知数。トリストラムとしては、若く未来のある二人に命を落とすようなことにはなって欲しくないのだが、自分がその為に出来る事はあまりにも少ない。

 実に、歯がゆいのである。











 コツン、コツン、と石段を叩く足音に、男は目を覚ました。

 重い瞼を開け、辺りを見回す。
すると、もう見慣れてしまった風景の一部であるはずの牢番の兵士が、どこを見ても見当たらない。食事でも取りに行ってるのか。しっかしここの料理はどうにも味気が無くていけねぇ、こんな飯ばっか喰ってたら、いつか気が狂っちまいそうだ――と、よく考えてみれば飯はさっき喰ったばかりである。
 そんな下らない事を考えているうちに、足音は段々と近づいてくる。こっちに向かって来ているという事は、どうやら通りすがりの誰かさんの足音、という訳では無さそうだ。
冥王 ハーデス 死神 タナトス 連れて、お迎えにでも来たのかね……)
 そうとっさに思った自分を、心中で嘲笑う。
 生まれてこの方、神など一度も信じたことの無い男が、いまさら神、それも祈る方の神ではなく、死神に思いを馳せるとは。我ながら滑稽なことこの上ない。
 しかし、ならばこの確かに聞こえる足音は何だというのだ。牢番の兵士がいつも身に付けている金属製のブーツは間違ってもこんな音を出さないし、かと言って 牢屋 こんな所 をわざわざ訪れる物好きなど居るとは思えない。
 そうこうしている間にも足音は益々近くなり、気配はすぐそこの角まで迫っていた。
 まぁどうでもいいか、冥王だろうが死神だろうが好きにしやがれ――と投げやりになって目を閉じ――ようとしたのだが。

 (………あぁ?)
 今にも閉じようとした眼前に写ったのは、生真面目な牢番でも、冷酷な冥王でも、残酷な死神でもなかった。

「ご機嫌如何かしら。勇猛なる海賊さん?」
 そこに立っていたのは――花のように笑う、1人の少女だった。



 着飾った服に美麗な装飾品。少女が王侯貴族の類であることは明らかだ。
 そんな連中が、一体こんな所に何の用があるというのか。まさか檻から出しに来た訳では無かろう。とすると、物見遊山とかその類だろうか――
“『捕まった重罪人がどんな顔をしているか見たくなった』”
 成る程、年中暇そうにしている王侯貴族には、実にありそうな話である。

「……ハッ、これはこれは。どなたかは存じませんが、こんな何もねぇ寒々しい牢屋に何か御用でも? お嬢さん マドモワゼル 。それとも お嬢さん レディ 、とお呼びしたほうがお気に召しますかね?」
 多少嫌味ったらしくも一応丁寧な言葉とは裏腹に、眼前の少女を威嚇するように睨み付ける。そこいらの世間知らずのご令嬢ならば、これで怯えて逃げ出すだろう。
 文化のライバル国であるフランドルの言葉で呼んだのは、相手が王侯貴族であることを見越した上での自分なりの皮肉だったのだが、眼前の少女は皮肉を気にする様子も、怯えた様子も無い。
「どちらでも構いませんわ。貴方の呼びやすいように」
 それどころか少女は、その笑みを崩そうともしない。

 妙なガキだ、と思う。
 しかし、別にこの少女に元から興味があるわけでもない。怯えなかったのは中々だと評価しても良いが、子供の遊びに付き合ってやるほど心が広いつもりも無い。
「はん……誰だか知らねぇが、目障りだ。とっとと失せろ」
「そんなに怖い顔をしないで。別に取って食べようとしている訳じゃないわ。
 そうね……私はただ、貴方とお話をしたいだけ」
「話……?」
「そう。ちょっとしたお話をね」
「そうかい。だが生憎俺にそんな気はねぇな」
 言いながら、素早く接近し、檻の隙間から手を伸ばす。
 いきなり襲ってくるとは少女も想像していなかったのであろう。伸ばした手はいとも容易く少女の腕を掴んだ。
 このままへし折ってやるもよし、うまく利用して脱獄の一つでも企ててもよし。いずれにせよ、好機がやってきた――と一人ほくそ笑んだのだが。
 しかし、少女は痛みに顔をしかめるでもなく、毅然として言い放った。

「貴方には無くても、私にはあるのよ」

 凛とした、少女の声。
 その声に一瞬気圧され、咄嗟にせっかく掴んだ腕を離し、距離を取ってしまった。

 ハッタリか――と思ったが、そうではない事は一目瞭然だ。
 これはどこぞやのご令嬢の、わがままなおねだりなどでは断じて無い。眼前の少女が発した声は、凛とした意思の強さと有無を言わせぬ威厳を持っていた。
 少女は相変わらず、花のように愛らしい微笑みを浮かべているというのに。

「てめぇ……何者だ」
 気づけば、いつの間にか額にはじっとりと汗が滲んでいる。海賊として様々な人間に相対してきて培ってきた勘が、この少女は只者ではないと告げていた。

 そうとう強い力で掴んだのだ。少女の腕には赤く手形が浮き上がっている。
 しかし、少女は気にすることもなく言い放った。

 「私の名はローザ・ギネ・アヴァロン。一応この国の王位継承権第一位の姫、ということになっているわ」
 「………何だと?」

(確かによく見ればその顔、確かに何処かで見た事がある気がするが……)
 今まで王侯貴族など気にも留めずに暮らしてきた男でも、流石にその名前くらいは知っている。
 冬薔薇の姪にして、次期女王と目されている王位継承権第一位の姫君――しかし、その風聞はもっぱら、ロゼリア女王に付いて回っていると言っていい。
 かの美しき、(あるいはかの冷酷なる)ロゼリア女王の跡継ぎは、この様なお方であるらしい――そんな噂話が各地でなされ、わざわざ王都へ見に行った者の話や肖像画を通して広まり、今やその顔を知らない者は国内には殆ど居ない。
 とは言え、広まっているのはあくまで、ロゼリアの後継者としての、外見としてのローザのみである。その内面について知る者は、限りなく少ない。

 男がローザの顔を知ったのは、ちょうど1年ほど前に襲った商船に肖像画が飾ってあったからで、その時は10年したらいい女になるな、位にしか思っていなかった。
 しかし自分の眼前に立つこの少女は、諸所の王侯貴族に見られるような無駄な気位の高さや高慢さは見られず、ただ華やかに笑っているのみである。

 意図が、全く読めない。


「貴方とこうしてお話する為に、随分苦労したのよ?
 番兵さんに席を外してもらわなきゃいけないから、少しばかり上で騒ぎを起こしてやったの。窓を割って部屋から抜け出して、“姫様が賊にさらわれたーっ!”って騒ぎ立ててね。
 今頃は城内の兵士総出で捜索してるはずだから――ま、もっともいつもの事だからすぐばれるでしょうし――10分くらいかしらね。貴方と話せるのは」
「てめぇは……なんでそこまでして俺に会いに来た?」

 得意げに話すローザには、まるで緊張感というものが感じられない。
 何故この少女はわざわざ面倒事を起こしてまで自分に会いに来たのか――そこまでする価値が、この牢屋に入れられているだけの男にあるとは、到底思えない。

「一国の姫が海賊と会って世間話をするなんて、聞いたこともねぇ。その相手が牢に入ってる重罪人ってなら尚更だ。何だ?てめぇは何の為に此処に来やがった?」
「そうね。世間話も中々に魅力的だとは思うけど……まずはその重罪人、という所を訂正する為に来た、というのでは不服かしら?」
「……何?」
「貴方だって分かっているんでしょう?自分がこんな所に居るのはおかしい、って。
 確かに貴方は海賊として悪名高い人だったけれど、この国に害を成すような事はしていないものね」
「………」


 確かに彼は世に言うところの“海賊”だったが、間違っても過去にブリタニアの船を襲った事は無い。
 もっぱら標的としていたのは他国――特に近くを通り掛かるフランドルやカスティリアの商船であり、それを襲うことは他国との経済戦争に勝つ為に、一般的に半ば国家から黙認されている行為である。
 今まではそれで上手くやっていたのに、突然女王の使いを名乗る者からお前達は国家の安寧に仇なす罪人である、と一方的な通告を受け、言い返す暇も無く攻撃され、何も分からぬままここにぶち込まれたのだ。


「私は貴方を罪人だなんて思っていないわ
 国家に仇なす罪人と言うのは、国にとって不利益な事をした者のみ……そして貴方はそうじゃない。そうでしょう?ガーウィン?」
「お前、俺の名前を……」
「もちろん知っているわよ。地元の民衆にあれだけ支持されている大海賊さんですもの。
 武勇に長け、義に富み、賊に町が襲われれば助けに行く――どっかの 聖堂騎士団 テンプルナイツ 近衛騎士団 ロイヤルガード なんかより、よっぽど国に貢献しているわ」

 確かに近くの村落を襲う野党どもを追っ払った事なら何度かあるが、それは自分達にとって利益になることだからである。
 海での略奪行為を生業としているとはいえ、それを金や酒や食料に換えるには市場の存在が不可欠である。港町に住む住民が野党に襲われて居なくなるようでは、生活が立ち行かなくなってしまう。
 住民からすれば無償で野党を追い払ってくれる勇士とも映るだろうが、そこまで言われるほど良い事をした覚えは無い。確かに 聖堂騎士団 テンプルナイツ 近衛騎士団 ロイヤルガード は、騎士とは名ばかりの無能連中の集まりだと聞くが……。


「……まぁお前が俺の無罪を主張してくれるってのは嬉しい話だが、それがここに来た理由じゃねぇだろう。そんな事なら女王に話を通すなり、審問官に口利きをするなりすりぁあいい。まぁいくらお前が王女とは言え、あの女王が耳を貸すとは思えねぇがな。
 わざわざこんな所での密談を望んだ理由……能書きはいい。さっさと本題を話せ」
「あら、やっぱり分かる?」
 ま、もっともこういったお話も目的だったんだけど、とローザは笑い、そして、

「恐らく近い内、この国は大きな転機を迎えるわ」
 急に顔を近づけたかと思うと、ローザの声が、突然変わった。今までの楽しそうな声はなりを潜め、まるで内緒話をするように声も抑えている。笑顔は消え、その表情は真剣そのものだ。

「転機……ね。俺としちゃあこうして捕らえられてる事が転機そのものだがな。
なんにせよ、俺には関係が……」
「関係はあるわ。それも、転機の先触れみたいなものよ。ロゼリア伯母様を中心とした、この国全体をひっくり返すかもしれない激動の前兆。
 突然発せられた賊の一掃命令、広まっていく冬薔薇の噂、王城内に見え隠れする不穏な動き……おかしいとは思わない?その全てがここ数ヶ月で起こっているのよ。もちろん、貴方の捕縛についても同様にね。
 この国は大きく変わろうとしているわ。どんな方向に向かっているのかは、まだ分からないけど」
「……それで、俺に何を求めている?世に聞こえた海賊様も今や牢屋の住人だ。出来る事は何もねぇと思うがな」
「確かに、今のままでは何も出来ないし、何かしてもらうつもりも無いわ」
 そうはっきりと言ったローザは、しかし毅然とした表情を崩してはいなかった。

「今はまだそうなると決まったわけじゃないし、私の思い違いである可能性もあるけど……
 もしこの国にその転機が訪れたなら、貴方に動いてもらいたいの」
「俺に、だと?」
「ええそうよ。今日はその時の為の挨拶、と言った所かしら」
 そう言うとローザは、こちらの答えも聞かずに顔を引いた。
 その顔には、先程まで見せていた笑顔が戻っている。

「……俺はまだ答えを出しちゃいないんだが」
「あら、私に協力しないとこの牢屋からは出られないわよ?」
「てめぇ、この俺を脅す気か」
「ふふ、冗談よ冗談。今すぐは無理だけど、ちゃんと出られるように手回しはしておくわ。
 勿論、 義にあつい海賊さん ・・・・・・・・・ は、その恩を返して下さるのよね?」
「……さて、どうかな。さっきお前さんをくびり殺そうとした奴を信じるってんなら、勝手に信じてりゃいいだろうさ」
 しかしローザは、恩を仇で返されるなど微塵も考えていないように、笑みを崩さない。


「あ、そうそう、ガーウィン。貴方を捕らえた軍の騎士団長――パーシファルって言うんだけど」
 そう言われ、捕らえられた時の事を思い出す。
 捕らえた自分を前にしてなじる事も責める事もせず、平然としていた銀髪の騎士――あの男がどうしたというのだ。
「どうか彼を憎まないでね。彼、真面目なだけで根は悪い人じゃないのよ」
「――はん、そんな男覚えてすらいねぇよ。覚えてない男を憎む事は、生憎この俺には出来んのでな」
「そう、ありがとう」
 ふふ、と最後に笑みを残し、これで話は終わりよとばかりに少女は階上に消えていった。

「全く、一体何だってんだ……」
 再び壁を背に腰を下ろして、ガーウィンは考える。
 正直、色々と話が突飛すぎて何が何だか分からないというのが正直な感想だが、ローザの言う事に思い当たる節が無い訳でもない。突然の自分の捕縛についてはひとまず置いておくとしても、ここ最近の女王や国家に対して民衆が抱いている感情は、確かに変化しつつあるように感じる。それも必ずしも良いとは言えない方向に。

 あの王女の話が本当だとしたら、一体この国に何が起こるのか――




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