第二話 「冬の兆し」



  海の復讐者 シーアヴェンジャー 作戦――その発動の勅令をパーシファルが聞いたのは、作戦開始の2日前。王城周辺の巡察から帰還した時の事だった。

 曰く、
「ブリタニア各地に跳梁跋扈せし、認可を受けぬ略奪行為を行なう者共を一掃し、民の安全を確保すると共に、国に平穏をもたらすべし。」
「捕らえた者はその場で切り殺すもよし、本国へ送り投獄するもよし。但し情けをかける事は一切許さず。」
「但し首領格においては出来得る限り確保し投獄せよ。その処分は後に行なう。」

 要するに、ブリタニア国内および周辺海域に存在する海賊、山賊、その他諸々の荒くれ者達を一人残らず殲滅せよ、という勅令である。


 ――実際にはこの時代の海賊や山賊というのは、総じて犯罪者や荒くれ者であった、という訳ではない。
 一括りに「海賊」と言っても、その実態は国の有力者や商会、または国そのものが持つ私掠船団であることも珍しくないからである。
 これらの船団は、表向きは荒くれ者である「海賊」を装って、有力者や商会の利益になるように他国の貿易を妨害したり、正規のルートを通さない違法な取引を行なったり、時には他国との戦争時の援軍になったりもする。
 勿論これらの行為は咎められて然るべきだが、他国との経済競争に勝つ為には必要なものとも言え、その存在はほとんどの国でほぼ黙認されてきた。


 だが、

 ブリタニアに限って言えば、国自体がこのような私掠船団を持っているということが無い。
 これは女王であるロゼリアが私掠行為を嫌っていること、また公式のルートの取引の隆盛を狙ったことに起因するが、何より私掠船団を持たなくとも良いほどの圧倒的な経済力、また各国でも有数の海軍力の保持の影響するところが大きい。

 だが、これは国家としての決まり≠ナあって、ほとんどの各地方の有力者や商会などは、私掠船団を保持している。
 彼らも自らの利益を求める為に、公海やブリタニア周辺で経済敵国に対して荒事を繰り返しているのだが……


 この作戦は文面を見る限り、「ブリタニア各地に跳梁跋扈せし、認可を受けぬ略奪行為を行なう者共」を一掃する作戦である。
 つまり彼ら自国の民ですら、その範疇からは出ないのである。


 パーシファルは愕然とした。

 陸の賊ならばいざ知らず。
 世に言う海賊の内の何割かが、いずれかの組織の私掠船団であることなど、女王は百も承知のはずだ。


 彼らは確かに法に触れるようなこともする。
 それを取り締まるのならばまだ話は分かろうというものだが、それをいきなり殲滅せよとは……



「不満そうだな?」
 モルドレッドはニヤニヤ顔を崩さぬまま、パーシファルへと向き直った。
 ここはブリタニア城内にある一室。普段は使われていないが掃除は行き届いており、このように誰かが勝手に使用することも出来る。
「別に、そんなことはありません」
「その仏頂面を見て信じる奴がどれだけ居るかねぇ?」
「仏頂面は生まれつきです。それよりも、こんな時に笑っていられる貴方の神経の方が理解できませんよ」
「おぉ、怖い怖い」
 軽薄な振る舞いに、乱雑な言葉遣い。騎士の甲冑を纏っているとは言え、とても城内に居られるような人間には見えない。
 しかし、彼はれっきとしたブリタニア第3騎士団の団長であり、巡察より帰還したパーシファルに、事の次第を伝えた張本人でもある。
「だが残念ながら俺のこの顔も生まれつきでね。昔生まれの村に来た道化師が馬鹿みてぇに面白くてな。四六時中笑い転げてたらこんな顔になっちまった」
「いくら笑ったとしても、そんな顔になるとは到底思えませんが。それよりそろそろ本題に入って欲しいものですね」
「何だよ、つれねぇなぁ……まぁいい。馬鹿な話は置いといて、本題といくか。」
 モルドレッドは先ほどまでのニヤニヤ笑いを消す。次に現れたのは、剣呑ともいえるような真剣な表情である。
 普段は軽薄な男だが、任務の時にはそのような行いを見せる事はない。尤も、そうでなくては騎士団長など到底務まらないだろうが……
「事のあらましはさっき言ったとおりだが、今回の作戦には第1・2・3王国騎士団を使うそうだ」
「我々を?」
「ああ。ま、俺達しか使える者が居ないって事もあるんだろうがな。 聖堂騎士団 テンプルナイツ は教会の防衛にしか興味は無いし、 近衛騎士団 ロイヤルガード に至ってはお偉いさん方にべったりくっついてなきゃならん。結果的に自由に使えるのは我らが 王国騎士団 ブリテンナイツ だけって訳だ。」
「まあそれは言われずとも分かっていますが……」
「解せねぇって顔してるな」
 こちらの表情から考えを読み取るかのように、鋭く目線を向ける。
「解せねぇのは俺も同じだ。海賊程度の相手なら1つ騎士団を送り込めば事足りるだろうに」
「それだけではありません。貴方の率いる第3騎士団やヘルベルト卿率いる第2騎士団はともかく、第1騎士団は基本的に儀仗兵であるはずです。それを実戦に送り込む理由がありません」
「確かに。連中は無駄に煌びやかなだけで、ろくに戦闘訓練を受けていない奴らだからな」
「そのろくに訓練を受けていない兵を、よりにもよって最前線に送るなど……兵の死傷を増やすのみです」
「ふむ……」
 モルドレッドは瞠目すると、しばし考えるように唸る。

 確かにこうして考えてみると、今回の作戦には不可解な点が多い。
 何故3つもの騎士団を送り込むのか。
 何故儀仗兵である第1騎士団を前線に送るのか。
 そして――何故 今この時期にこのような作戦を行なうのか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 最近になって海賊の被害が増えた、などという状況であれば分かろうというものだが、そういった事例は報告されていない。被害が認められない以上、行なわない理由にこそなれ、この時期に行なう理由が一切無い。

 それとも女王のただの思いつきとでも言うのだろうか。


「………これは聞いた話になるんだが」
 モルドレッドが重たそうに口を開く。
「最近、女王陛下は少しお変わりになられたらしい」
「陛下が?どういう事です?」
 あくまで聞いた話だからな、と前置きした上でモルドレッドが語りだす。
「最近になって宰相補佐になったあの男……マリフェンと言ったか。あの男が最近になって陛下に色々と吹き込んでいるらしい。
何を吹き込んでいるのかは俺は知らん。だが、陛下の側近の者に言わせれば、あの男が来てから陛下はどこかおかしくなったと。
妙に兵を使いたがったり、処刑を行おうとしたり……言いたくはないが、段々冷酷になってきたような気がするそうだ。」
「冷酷に……ですか」
「ああ。まぁ実際に俺が見た訳じゃ無いし、さっきも言った通りあくまで聞いた話だから、真偽の程は分からんがな」
「そのマリフェンという男、一度取り調べてみては?」
「無駄だ。そもそもこの話が真実であるという保障も無いし、一応は宰相補佐だからな。取調べできねぇ事は無いが、後々が面倒だ」

 マリフェンという男とは直接の面識は無いのだが、有能な切れ者であると聞く。
 パーシファルにしてみれば、寝耳に水の話である。

 と、部屋の扉をノックする音が響いた。
 「どうぞ」とパーシファルが声を掛けると、入ってきた若い騎士がモルドレッドに耳打ちする。
 どうやらそろそろお出かけの時間みたいだ、とモルドレッドは立ち上がった。

「とにかく、今の状況では何も分からねぇ。取り敢えず今は真面目に任務に取り組んで、考えるのはそれからだ」
「分かりました。私も私なりに色々と調べてみましょう」
「ああ、頼むぜ。杞憂で終わってくれれば一番良いんだがな」
「ええ、全く。それでは、御武運を」


 一糸乱れず行軍していく騎士団を窓から見送っていたパーシファルは、厳しい顔を崩そうともしない。
 もしモルドレッドの言う通りならば、今後の事も考えて、早急に調査をせねばなるまい。マリフェンと直接の面識は無いのだから、直属の上官である宰相殿に話を聞くか、若しくは他の側近にそれとなく探りを入れるか……
 既にパーシファルの頭はめまぐるしく働いていた。
(杞憂であればいいんですがね……)
 そう思わずにはいられなかった。







 それから7日後、 海の復讐者 シーアヴェンジャー 作戦の発動から2日後の昼。
 パーシファルは思わず、手にしていた羽筆を落としてしまった。

「壊滅だと!?」

 パーシファルの下に、第1、第2、第3騎士団、全て壊滅――との報がもたらされたのである。



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