第一話 「二つの薔薇」



「……では、作戦はつつがなく行なわれたのだな?」
「はっ。敵の軍勢を港まで引き入れた後、第4騎士団による包囲・殲滅作戦を開始。敵も民ではなく騎士が居るとは思ってもいなかったようで、混乱している隙を突いて撃破。逃走を図り船に戻った者も、岬に伏せておいた軍船にて、船ごと撃破致しました。」
「ふむ。海賊の首領はどうした?」
「はっ。仲間を置き捨てて船に戻ろうとしたところを、数名の騎士によって包囲、捕らえることに成功致しました。今は牢獄に繋いであります」
 ふふん、と女王は鼻で笑う。
 蛮名を馳せた男の運命をを、自らの手に握っていると言うこの状況が、面白くて仕方が無い、とでも言うように。

 アヴァロン朝ブリタニア王国王宮・女王の間。
 その玉座に座している人物こそ、現ブリタニア女王にして、「妖艶にして美麗なる薔薇」の異名を持つロゼリア=デル=アヴァロンである。
 その異名が表すが如く、その笑みにかたどられた顔は、見るものをはっとさせる美しさを秘めると共に、一縷の妖しさを秘めている。

 パーシファルはこの女性がどうも苦手であった。

 勿論、騎士の一員として長年雇ってもらった恩はある。同時に騎士として最も守るべき存在であるにも関わらず、だ。
 だが、彼女の怪しげな微笑を見ていると、どうにも落ち着かないというか、全てを見透かされているような気持ちになってしまうのである。
 いや、自分に後ろめたい事などないのだから、気にすることも無いのだが……

「いかがした、パーシファル。何ぞ思うところでもあるのかえ?」
「……はっ。申し訳御座いません。」
 つい、女王の前にもかかわらず考え事をしてしまった。察するに、女王の言葉を聞き流してしまっていたらしい。
 これは自分の悪い癖だ。分かってはいるのだが、時たまこのような失態を演じてしまう。
「ふふ、まぁ良い。もう一度申すぞ。例の海賊の首領は次の月の祭日に公開処刑とする。そなたはそれまで奴の管理をいたせ。良いな?」
「御意。」
 一礼して、女王の間から退出する。
 管理といっても簡単なことだ。要するに海賊の首領が万が一にも自害をしないように見張りを立てておけ、という事。
 その命令を部下に伝える為に、パーシファルは兵舎へと向かった。



 牢獄の監視を獄吏に任せた後、パーシファルは城の裏庭に立っていた。
 人通りの無い裏庭に、騎士団長ともあろう者がわざわざ突っ立っているのには理由がある。
 勿論それは後ろめたいようなことではないし、むしろ考え方によっては光栄なことだとも思えるのだが、パーシファルは毎度の事ながらいまいち納得できないのである。

 と、

「わっ!」

 眼前に唐突に少女の顔が現れる。
「驚いた?驚いたでしょ?」
「……お戯れもほどほどになさいませ。」
「あらら、つまんないの〜」
 少女はぷーっと頬を膨らませて不満げな表情になる。
 が、一瞬の後にはすぐに表情を変えて、
「よし、それじゃあ行こうか!」
 と輝くような笑顔で言い、顔を出していた窓から飛び降りた。

 ローザ=ギネ=アヴァロン。それがこの少女の名だ。
 年の頃は十四。現女王・ロゼリア=デル=アヴァロンの姪であり、現時点での王位継承権を持つただ一人の姫君である。
 普通第一位王位継承権を持つ者というのは、その身柄の大切さのあまり王宮に閉じ込められるようにして生活しているものだが、この姫に至ってはそんな事は微塵も無い。それが女王の方針というのもあるのだが、寧ろ彼女自身の自由奔放さが故、というところが大きいと言えよう。
 幼少の頃、よく城を抜け出しては騎士団が総出になって捜索したものである。
(もっとも、その手助けをしている私が何か言えた義理ではありませんけどね)
 パーシファルは心の中で苦笑する。
 幼少の頃に目をつけられて以来、彼女の脱出劇の手伝いをさせられるのは、いつもパーシファルなのである。

「ところでローザ様。先ほどから養育係の者が探しておりましたが」
「ああ、『姫たるもの、淑やかさと威厳を持ち、民の心を理解し……』とか、おんなじような事をずーっと話しているんだもの。つまんないから逃げてきちゃった」
「逃げ……」
「いいじゃない。それに、「民の心を理解しろ」っていうのなら、これも立派な姫の仕事でしょ?」
 そうあっけらかんと言い放つローザに、ため息をつきながら返す。
「……物も言いようですね。」
「な〜によパーシー。その手助けをしているあ・な・たが言えた立場なのかしら?」
 ……返す言葉も無い。ローザもしてやったりといった表情で笑っている。
「ともかく、養育係には私からちゃんと言っておきますので、勝手に抜け出すことだけはおやめ下さい」
「も〜、お堅いんだから!ま、いいわ、行きましょ!」
(……全然反省していませんね)
 ため息をつくパーシファルを尻目に、少女ははつらつと歩き始める。
 パーシファルはやれやれ、と一度肩をすくめると、少女に付き従って城を後にするのであった。



 彼女が「よし、じゃあそろそろ帰ろっか!」と言ったのは、城を抜け出してきてから実に6時間後、もう夜もふけた頃であった。
「ローザ様……もう街に出ることを止めたりはしませんが、夜遅くまで街に居るのは危険ですよ」
 そう、彼女が隙を見ては城を抜け出す理由……それは街の民との交流である。
 今日はローザの「行ってみたい!」の鶴の一声で街の安酒場まで出向き、大の大人を相手にずっと楽しそうに話していた。いかにも粗暴そうな大男達が、いつローザに襲い掛からないかとパーシファルは気が気ではなかったのである。
「あら、危険なことって何かしら?」
「ですから、強盗とか殺し屋とか……」
「そんな輩が現れた時のために貴方が居てくれるんでしょう?」
「それはそうですが、私にも守りきれない場合というものが御座います。もっと自分を大切になさって下さい」
「ぶ〜」
 ローザはすぐに不満げな表情になったが、流石にその辺は自覚があるのか、何も反論はしてこなかった。

「で、どうでした?彼らと話した感想は」
「ええ。やっぱり彼らのような下級労働者の生活は苦しいみたい。税金のこともあるけれど、日雇いで生計を立てている彼らにしてみれば、仕事が無い日が続いてしまう事の方がこたえるらしいわ」
「ロゼリア女王の政策で、石畳の補修など今まで日雇いの仕事だったものが商会の入札制になりましたからね。国家としては安定しても、民にとっては不安要素になる、と。」
 最初の頃は随分と驚いたものである。
 最初はただの姫のお遊びだと思っていた街の視察なのだが、彼女は民と接することで国の思わぬところの問題点を次々と見つけ出していくのである。
 彼女がただの物見遊山で街に出ているわけではない、と知っているからこそ、パーシファルは彼女のこの「遊び」に毎回付き合っているのである。
「他にも、陛下に敬いよりも恐れを抱いている人が多いのが問題よ。民の先入観もあるでしょうけど、ロゼリア伯母様のやってきた事の方が問題だわ」
「と、申されますと」
「自分が気に入らない人はすぐに投獄したり、それをわざわざ大々的に公開処刑にしたり……なんだろう、民に恐れを抱かせることで自らの権威を誇示しようとしているんじゃないかしら」
「そういえば、先月でしたか。陛下を貶めたという詩人を公開処刑にしたのは。」
 先月のロゼリア女王の生誕祭の日に1人の高名な詩人が招かれたのだが、女王が自らの美しさを褒め称える詩を作れと命じたところ、逆に貶める詩を作って吟じ、女王の怒りを買って処刑されたのだという。
 パーシファル自身は巡察に出ていてその場に居なかったが、女王の怒りは相当なものであったと聞く。
「私はその場に居たんだけど、その詩人……エンデュミオ・バラッドって言う方なんだけど、決してロゼリア伯母様を貶める詩を作ったんじゃないと思うの。とても美しい詩だったわ。」
 そう言うと、彼女はその詩人が上奏したという詩を歌い始める。



私の世界では貴女は二番目に美しい

枯れてしまった花。それは追想という名の可憐なる幻想

其れは永遠に朽ちることの無い庭園

幾ら気高き美しき薔薇であれ

花である以上、枯れてしまった花には及ばない・・・



「……確かに額面どおりに受け取れば、ロゼリア伯母様が枯れた花にも及ばない薔薇であるとも見えるけど、そうじゃないのよ!彼は記憶の中に咲く花こそが最も美しいと説いているの。決してロゼリア伯母様を貶めるようなことなんて言って無いのよ!」
「ふむ……」
 パーシファルは当然の如く詩人ではなく、詩の心得なども全く知らないが、恐らくローザの見解は正しいのだろうと直感で思った。だとしたら、ロゼリア女王は罪も無い詩人を一人処刑したということになる。
「この話は街の知識人達の間でも噂になって、ロゼリア伯母様に対する不信感をあらわにする人も少なくないわ。民の間ではロゼリア伯母様を「冬薔薇」と揶揄する人まで出始めている始末らしいの!」
 ローザは怒りを抑えようともせず続ける。
「人の上に立つ者が下の者に信頼されないでどうするのかしら!ロゼリア伯母様は確かに有能な君主でしょうけど、そこが問題ね。」
 パーシファルは答えない。否、答えられないのだ。
 自身がどう思っていようと、忠誠を誓った国の女王について意見するなど許されないのである。
「……ごめんなさい。騎士の貴方にこんな話をしても、答えられるわけないわよね。」
「いえ…」
 濁った回答になってしまったが、ローザは全て了解済みのようであった。




※エンデュミオ・バラッドの詩は、原作通りの物を使うのが気が引けた為、砂由紀独自の文章に改変しております。


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