プロローグ





 ザザ……ザザ……


 街に、静かに潮騒が響く。


 本来ならばその微かな潮騒など聞こえぬほど人気にあふれ、豊潤な海の幸を扱う商人達の活気に溢れる街である筈。
 しかし今、この街は完全になりを潜め、潮騒のみが微かに響くのみ。


――まるで 死人の町 ゴーストタウン だな――


 街の中心部、地下より汲み上げられた真水が宝珠のように輝く噴水の傍らで、男が呟く。
 周囲を見渡しても、建物などはその住民が先ほどまで使っていたかのように整然と並んでいる。
 ただ、人……ひいては本来ならばあってもいい筈の、海鳥達の気配すらも、無いのである。


 男は、このような場所は嫌いだった。いや、未だに慣れないと言うべきか。
 この静寂の中に身を包むと、考えなくてもいいような余計なことばかりを考えてしまう。
 己の役目、それに疑問を持つつもりは無い。
 そう頭で分かっていても、実際にはこのように考え込んでしまう。これでいいのか、と。


 きっとこれは惰性なのだ。
 そう、自分に言い聞かせる。
 私の心構えの甘さゆえの弱さなのだと。


 つい、ため息をついてしまった。


 と、若い兵士が一人、駆け寄ってくるのが見えた。恐らくは伝令役であろう。
「パーシファル騎士団長殿」
「準備は出来たか」
「はっ。ご命令通り岬に軍船を隠し、港内の兵の配置も完了いたしました」
「ご苦労」
 気を入れなおし、傍らに立てかけておいた槍を掴んで立ち上がる。  今からは、余計な事を考える余裕は無い。
「行くぞ」
「はっ」
 そう言いながら、自らの配置場所へと歩みを進める。
 ――そう、どのみち文句など言っている暇など無いのだ――
 自分が騎士で、ここが守るべき国土である限り。



 戦わなければ。





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